椅子の中の恋。


役人を夫に持つ売れっ子女流作家の佳子は

毎朝、夫の出勤を見送った後、書斎に籠もり

ファンレターに目を通してから創作にとりかかることが日課だった。


ある日、
見ず知らずの男から1通の手紙が届いた。

それは、手紙の差出人の男が犯してきた罪の告白だった。


佳子は、薄気味悪いと思いながらも

持ち前の好奇心により、ぐんぐん先を読み進めていくのだった。


わたしは生まれつき、世にも醜い容貌の持ち主でございます

これをどうか、はっきりと、お覚えなすっていて下さいませ」

椅子専門の家具職人である「男」は

容貌が醜いため周囲の人間から蔑まされ

貧しいためにその悔しさを紛らす術も持たなかった。


しかし、
男は職人としての腕は評価されており

度々凝った椅子の注文が舞い込んだ。


ある日、外国人専門のホテルに納品される椅子を製作していた男は

出来心から、椅子の中に人間が一人入り込める空洞を作り

水と食料と共にその中に入り込んだ。


真っ暗で、息苦しい、
まるで墓場の中へ入ったような、不思議な世界。


そして、その椅子は、
男を入れたまま、ホテルに納品されてしまう。

それ以来、男は昼は椅子の中にこもり

夜になると椅子から這い出て、盗みを働くようになった。


盗みで一財産出来たころ、男は
外国人の少女が自分の上に座る感触を

革ごしに感じることに喜びを感じた。


それ以来、男は女性の感触を革ごしに感じることに夢中になった。


やがて、男は外国人ではなく

日本人の女性の感触を感じたいと願うようにる。


男がそんな願いを持つようになったころホテルの持ち主が変わり
男が潜んでいた椅子は古道具屋に売られてしまう。


古道具屋で男の椅子を買い求めてきたのは、日本人の役人だった。
男は念願の日本人の女性の感触を得られると胸を躍らせるが・・・。

 


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